カテゴリ:音楽

  • ゲーム音楽
    [ 2012-04-08 18:27 ]
  • バッハと布巾
    [ 2011-12-27 16:17 ]
  • 今年のCD
    [ 2011-12-13 17:59 ]
  • 『栄冠は君に輝く』 4県16校370名の高校生たち
    [ 2011-08-28 14:48 ]
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    [ 2011-07-08 17:40 ]
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    [ 2011-05-07 19:01 ]
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    [ 2011-04-08 18:37 ]
  • コラール『アド ノス アド サルタレム ウンダム』による幻想曲とフーガ / F.リスト
    [ 2011-02-24 16:15 ]
  • 24のプレリュードとフーガ / D.ショスタコーヴィチ・K.ジャレット
    [ 2011-02-13 18:48 ]
  • カンタータ147番 / J.S.バッハ
    [ 2010-07-02 18:47 ]


私はオヤジゲーマ。
もっとも最近プレイは、御無沙汰しているが。

ドラクエもFFもその誕生から、ハードなら、
ファミリーコンピューター時代から知っている。

かれこれ、四半世紀だ。
で、最近思うことがある。

ゲーム音楽って、凄い。
すでに、西洋音楽の担い手の一つではないか。

いや、やはり保守本流ではないとは思うが、
映画音楽と同じ位置ぐらいにはあると思う。

短時間で起承転結する魅力的な旋律。
永久ループにたえるシンプルな構造。

結果、無機質なピコピコ音から生まれたが、
最近では、ゲーム中でオーケストラも聴ける。



それだけでなく、シンフォニックなアレンジで、
オーケストレーションやピアノ編曲でCDも出る。

同じゲームをしたという共通体験から、
ファンの連帯感が強いのも特徴か。

考えてみれば、甲子園での応援に、
バトルシーンの曲が使われる時代でもある。

聴けばシーンも思い出すし、胸も熱くなる。
もう「クラシック」と呼んでいいのかもしれない。







昨夜、豚児のCDを聴いて、
ああ、またゲームがしたくなった。



大阪のWeihnachtsmarktで懐かしい布巾を見つけた。
ドイツ時代に使っていて、吸水性に優れていた。

特殊な繊維でできていて、薄いスポンジ状だが、
素材は、ビスコースとコットンなので、土に還る。

懐かしくて、つい近づいて、驚いた。
2011年最大の驚愕と言ってもいい。

そこには、J.S.バッハの自筆譜があったのだ。



ヴァイオリン協奏曲イ短調(BWV1041)第1楽章、
そのソロヴァイオリンのパート譜だ。

よりによって、布巾の柄、として、だ。

私は、エルサレムの神殿で暴れたキリストに倣って、
屋台をひっくり返したい衝動にかられた。
(新約聖書 マタイによる福音書 21:12)

オーストリアの製品だが、
なんとも畏れ多いことをしでかしてくれたものだ。

もう一つの図柄は、ト音記号が並んだだけだが、
そちらは『フィンランディア』と呼ばれるらしい。

J.シベリウスの名曲だ。
音楽が生活に根ざしているのだろう、か。

で、思い直した。
思い直すことにした。

このメロディーを口ずさみながらだと、
家事がはかどるのではないか、と。




ファクシミリのコレクションは何点かあるが、
このヴァイオリン協奏曲のものはない。

ので、布巾としてではなく、
ファクシミリとして温存することにした。

としても、だ。
やっぱりひと暴れすればよかったと思った。

今年取り上げたCDはほんの数枚。
それも新譜は少ない。

そんななかで、これ、と言える新譜は、
今年下半期に出たアルバムが二つ。

大貫妙子とエラルド・ド・モンテ。
奇しくも二つとも「再演」系だ。



大貫妙子は、『ゴールデン☆ベスト』
彼女は恥ずかしがっただろうな。

特筆すべきは、80年代に限定して、
デジタルリマスタリングしたこと。

2枚組の選曲は、本人、大貫妙子と、
当時のスタッフ。

敢えて今の彼女が再録音しなかったのは、
それはそれで勇気が要ったのかも。

しかし、私のようなカビ臭いファンは、
80年代の大貫妙子を今でも引きずっている。

LPがCD化されるとすぐ買い直したし。
おっと、前も書いたな、老化現象。

あの頃の大貫妙子に再会できてうれしい。
同窓会気分である。



エラルド・ド・モンテはブラジルのギタリスト。
アルバム名も『エラルド・ド・モンテのギター』。

LPを持つ先輩にダビングしてもらって、
テープが伸びて、そのままになっていた。

いつしかCDを探すことも諦めていたので、
今年になって見つけた時はうれしかった。

なんと、初CD化だった。
探してもないはずだ。

時代としては70年代。
私が最も多感で多少背伸びもしていた時代。

この二つのを選ぶのに躊躇はなかったが、
よく考えてみると、なんだか後ろ向き。

今年は、FBで多くの旧友と再会したし、
まあ、仕方のないことかもしれない。


来年もいい音楽に出会いたいものだ。




ここに1枚のDVDがあります。
ある高校生たちの64分間のドキュメンタリーです。

高校野球の聖地、甲子園の夏の大会は、
93回目の今年も多くの感動を生みました。

日本中が注目し、応援する夏の甲子園が、
震災で沈んだ日本を元気にしてくれましたが、
表舞台の球児たちだけでなく、
「裏方」ともいえる高校生たちの活躍が、
そこには確かにありました。

意外に知られていないもう一つの感動を
この拙いブログでお伝えしたいと思います。

東日本大震災からまだ2カ月しかたっていない5月14日、
岩手、宮城、福島、兵庫の4県16校の高校の、
合唱部員、吹奏楽部員370名が、
福島県須賀川市に集まりました。

夏の高校野球の大会歌
『栄冠は君に輝く』を演奏するためです。

その演奏は、録音され、何度か放送されましたので、
テレビなどでお聴きになった方も多いと思います。

この震災で家族を失い、家が流され、
学校がなくなってしまった高校生も少なくありません。

あの日、中学3年生だった生徒たちの、
将来への不安は、どれだけ大きかったでしょう。

高校の制服を着て学校に通って歌がうたえる、
そんな喜びを口にする生徒もいます。

普通のことが普通でなくなった高校生たちが、
心を一つに『栄冠は君に輝く』を演奏しました。

素晴らしい演奏でした。
それだけでも胸が熱くなります。

さらに後半、予想もしなかった映像が流れます。

1995年の阪神淡路大震災の被災地、兵庫から集まった、
高校生たちが、被災地の仲間たちに贈った演奏でした。

曲は、兵庫出身の三木露風作詞の童謡『赤とんぼ』と
震災後の希望をうたった『しあわせ運べるように』。



『しあわせ運べるように』は震災の年に、
当時、神戸の小学校の先生だった臼井真氏が作られた曲で、
私にとっては、『火垂るの墓』同様、
意識して避けていた曲でもあります。

それが思いもかけず、DVDから流れてきたのですから、
参りました。

急きょ集められた、4校合同の混声合唱ですが、
心に沁みる演奏でした。

目がしらにハンカチを当てる、
地元の高校生たちがそこかしこに写ります。

兵庫県の高校生たちが用意した、
激励の色紙を手渡すシーンでは、
受け取った女子生徒が泣き出してしまいます。

高校球児や「なでしこジャパン」の活躍は、
うつむきがちな日本に元気と勇気を与えてくれました。

でも、須賀川に集まった「音楽系」高校生たちの演奏も、
きっと日本を元気にしてくれます。

残念ながら非売品ですが、
許されるなら公開したい、ダビングしたいDVDです。

阪神淡路大震災当時、まだ1歳1カ月だった家人その3が、
映像のなかでなんと頼もしかったことか。   

親バカです。

ちなみに、これもあまり知られていないことですが、
大会本番の開会式、閉会式で大会歌を合唱する高校生は、
甲子園球場の地元兵庫県とお隣の大阪府の高校生が、
毎年交互に演奏し、今年は、兵庫県でした。





朝日新聞には、このDVDの公開の機会を期待します。



今日、ドラッグストアでなんかエロいナウシカ聴いたんだけど。
家人がそう問うたとき、私は、沈黙を保てなかった。

もう隠し通せない。
カミングアウトの時は来た。

まだ白黒TVだった頃、物ごころついたころから、
気がつけば、私は、いつもアニソンを口ずさんでいた。

若き音楽学者としての第一歩を西ドイツで歩み始めたとき、
すでに、ラテンの血は騒いでいた。(もちろん挫折済み。)

そう。
私は、ボサ・ノバとアニソンが大好きだ。

小野リサがにっこりほほ笑んでくれれば、
クレモンティーヌが手招きしてくれたら、
私はバッハの肖像に足をのせるかもしれない。

そんな私が家人の挑戦を受けたとき、
無知を装えるはずもない。

ああ、アニメンティーヌだろう。
CDあるよ。



持ってるんだ、聞いてみるもんだ。
貸してね。

え。
あれをか。

私は、躊躇した。
クレモンティーヌのファンとして、アニメおたくとして。



彼女の名誉のために書くが、
彼女の基本スタイルは、アーバンでクールなボサ・ノバだ。



これが、クレモンティーヌ本来のジャケットだ。
いや、のび太がいそうな空地の絵もいいのだが。

とにかくTVCMで初めて聴いたとき、ぶっ飛んだ。
これでいいのだ♪・・・いいのか。

男声合唱をしていた高校時代、
『宇宙戦艦ヤマト』を男声4部に編曲したことがある。

「さらば、地球よ。」
冒頭の、悲壮感に満ちた重い言葉。

これが、彼女にかかると、
"Bey!Bey!Bey!Bey! La Terre!"だ。軽っ。

一方で、フランス人の発音する「イスカンダル」や
「ナウシカア」のなんと美しいことか。

そう、『ヤマト』だけでなく『風の谷のナウシカ』もある。
アンパンマンもラムちゃんも一休さんも出てくる。

おどろくなかれ、ドラえもんも、ハイジも、999も、
サザエさんや鬼太郎、ちびまる子もある。

(正続あわせて)

魂を売ったのか、クレモンティーヌ。

そして、どうしてどれもこれも、
そんなにクールに歌い上げているのだ。

あなたの口が、ぴーひゃらという言葉を発したのか。
"hya"が発音できたのか、フランス人のあなたが。

衝撃のCD。
心よりおすすめしたい。



ちなみに、先日、頼まれもしないのに
『残酷な天使のテーゼ』と『創聖のアクエリオン』も
男声4部にしてみた。

『テーゼ』はクレモンティーヌも歌っているが、
『アクエリオンは』まだのようだ。

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マルタ姐さんと並ぶ私のミューズ。
と言えば、お分かりいただけるだろうか。

マルタ姐さんは、マルタ・アルゲリッチ、そして、
アリシア伯母さんは、アリシア・デ・ラローチャ。

お二人ともピアノの巨匠だ。
敢えて「女流」とは呼ばない。

マルタ姐さんにも語りたいことが多いが、
今回は、アリシア伯母さんで。

というのが、ふざけた話なのだが、
自宅前でスペインがフラッシュバックしたのだ。

好天の休日、ガレージ横の花壇で遊んで、
スコップを戻しにガレージに入ったとき、
日差しに火照った身体にガレージの空気は冷たかった。

振り返ると、ガレージ前のいつもの道路が白く眩しい。

パティオだ。
(パティオ:スペインの中庭)

四半世紀前のいろんな思い出が一気によみがえった。

強烈な夏のスペインの陽射しに疲れ、
帰った小さなホテルのパティオで飲んだサングリア。

パティオに吹く風は優しく、
冷えたサングリアは最高に美味しかった。

どこからか、かすかに聞こえてくるピアノは、
お約束のようにアルベニスの組曲『スペイン』。

アリシア伯母さんは、バルセロナに生まれ、死んだ。
私が訪ねた夏も居たはずだ。

当時は、オルガンに夢中で、
また、スペインのオルガンは独特で、
バルセロナ中のオルガンを訪ねる勢いの夏だった。

(ちなみに、バルでタパスをつまみながらカヴァを飲む、
という現在の私の重要なライフスタイルの原点でもある。)

ので、せっかくのアリシア伯母さんの街なのに、
彼女のコンサート予定を調べる余裕もなかった。

その後、思い返すたびに、深く後悔した。
なんてもったいないことをしたのか。

アリシア伯母さんは、バッハもモーツァルトも
ラフマニノフも凄い。

小柄で、おそらく手も小さいだろうに、
和音は透明で、一音一音がキラキラしている。

でも、真骨頂は、やはり「スペインもの」だろう。
アルベニスやグラナドスの直系の孫弟子でもある。

2009年に86歳で亡くなったが、
「ピレネーの手前」の様式で「イベリア」を表現して、
生前の彼女の右に出るものはなく、
残念ながら彼女に続くものも居ないかもしれない。

懐古趣味かもしれないが、
彼女のピアノが奏でる「スペイン」は、輝いていた。

今夜、また、カヴァを飲もう。
アリシア伯母さんのピアノを聴きながら。




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ファクシミリと言うと普通あのファックスのことだが、
自筆譜の出版物もファクシミリと呼ぶことがある。

J.S.バッハの『フーガの技法』も

肉筆だとタイトルからしてこうなる。


最初のフーガのテーマも

肉筆だとこうなる。


これが、『マタイ受難曲』では、

こうなる。

譜面から音だけでなく息遣いまで聞こえてきそう。
解読にいささか技量が要求されるが。

で、もう1冊。
いうのもなんだが、少しチープなファクシミリがある。



無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ。
全6曲。ただし、ステープルで止めただけ。

前から気になっていたのだが、
先日、やっと正体がわかった。

LPレコードのオマケだったのだ。

30cmLPはケースのサイズも大きいから、
オマケといっても豪華。

ブゾー二のピアノ編曲で有名な『シャコンヌ』も、

ほらこの通り。

クレメールだったかメニューインだったか、
誰のLPかは思い出せないが、
企画担当者とその上司は、がんばったと思う。

改めて感謝したい。


なんて調子なので、書斎の整理、断捨離は、
遅々として進まない。






2010年は「ショパンイヤー」でしたが、今年、
2011年は「リストイヤー」です。

「ショパンイヤー」がそれほど騒がれなかったのは、
私としてはちょっと意外でした。

だから、というわけではありませんが、
「リストイヤー」は、10月22日の誕生日、
生誕200年のお祝いの前にネタにしようと思います。

リストといえば、なんといっても「超絶技巧」と
「リストマニア」と呼ばれた熱狂的な女性ファンでしょう。

写真も残っていますが、
ロン毛、長身で痩身、クールハンサム、しかも、
ピアノが超絶技巧とくれば、女性が放っておきません。
サロンや上流社会の寵児、アイドルだったようです。

しかし、55歳で一転、聖職者になり、
宗教音楽を多く手掛けるようになりました。

パイプオルガンのために作曲された、
コラール『アド ノス アド サルタレム ウンダム』
による幻想曲とフーガ、もその一つです。

ただし、彼はカトリックでしたし、このコラールも、
ルターの宗教改革に基づくものではなく、
バッハの作品と比較するのは難しいようです。

コラールの主題に基づく幻想曲とフーガ、
という伝統的形式、様式は継承しつつ、
その音楽性は、見事にロマン派です。

いつ頃からか映画や小説でマッドサイエンティストや、
反社会的な大金持ちを描写するとき、
パイプオルガンが登場するようになりました。
よくあるステレオタイプの一つでしょうか。

『海底2万マイル』のネモ船長あたりが走りだったか、
『アダムスファミリー』や、最近では、
『パイレーツ・オブ・カリビアン』のフライングダッチマン号の船長、
デイヴィ・ジョーンズもパイプオルガンを弾いていましたっけ。

実際、この曲(アド・ノスと略します)の冒頭は、
コラールと言いながら邪悪な気配さえ感じる、
重苦しいテーマの演奏から始まります。

やがて、ピアノ曲でおなじみの『愛の夢』を思わせる、
甘いアルペジオや、高らかなファンファーレも登場し、
最後のフーガは、コラールのテーマが、リズミカルに処理され、
聴く者に期待を、弾こうとする私に絶望を与えます。

私の手はあんなに大きくないんです。

冒頭から両手両足を駆使した壮大なコラールだし、
1曲通せば、相当カロリーを消費しているはずです。

そうか、オルガンでダイエットができるかも。
なんて、姑息なことを考えて弾こうとすると、
楽譜の前で立ちすくむことになります。

ピアノとは一味違ったリスト、
それでもやっぱりロマン派の巨匠の作品です。

「リストイヤー」に是非お聴きください。
おすすめです。

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『24のプレリュード(前奏曲)とフーガ』というと、
バッハか、ショスタコーヴィチか。

『24のプレリュード』というと、ショパンも登場するが、
サロンにフーガは似合わないと考えたのだろう。

フーガは、「理論」の音楽だから。
まあ、理屈っぽいとも言えなくはない。

で、バッハか、ショスタコーヴィチか。
悩ましい。

作品を比較するとすれば、
24曲の並べ方が、いわば、「真逆」なのが面白い。

バッハは、ひたすら調性の順番通り。
ハ長調、ハ短調の次は、嬰ハ長調、嬰ハ短調。

論理的というか構築的というか。
それでも無機質でないのが驚異ではあるが。

一方のショスタコービチは、
ハ長調、イ短調、ト長調、ホ短調・・・。

つまり、♯が、一つずつ増えて、6個になったら、
今度は、♭6個から始めて、一つずつ減っていく。

最後は、二短調で終わる。
二短調は、バッハの大作に多い調性でもある。

演奏する側からすると、難易度が徐々に高くなり、
そしてまた、低くなって終わるという並び方。

今回は、敢えて、ショスタコーヴィチ。
しかも、キース・ジャレットの演奏を取り上げたい。



理由は簡単。
バッハは、演奏者を絞り切れなかった。

そして、インプリンティング。
「刷り込み」だ。

むしろ、ジャズピアニスト、
それも即興演奏のイメージが強いK.ジャレット。

『ケルンコンサート』のLPをケルンの街で買い直した私。
今でも大切な音楽の上位にある。

で、「刷り込み」のお話。

私の子供のころ、クラシック音楽といえば、
「カラヤン/ベルリンフィル」だった。

『運命』と『未完成』が表裏に録音されたLPは、
日本中、かなりの家庭にあったと思う。

だから、その後、ほかの演奏で聴く、
『運命』や『未完成』になんだか違和感があった。

私個人の性向として、
「演奏」よりも「楽曲」に興味があったからかもしれない。

ショスタコーヴィチの24の前奏曲とフーガも同じ。
まず、K.ジャレットの演奏で聴いてしまった。

無骨なイメージのショスタコーヴィチが、
優しく、柔らかで、とても抒情的だ。

な、もので、その後聴いた、ほかの演奏に、
なかなかなじめなかった。

が、アレクサンダー・メルニコフは、よかった。
不思議と、耳に素直に入ってきた。

その理由は、敢えて詮索しないことにした。
音楽が楽しくなくなりそうな気がして。

いずれにせよ、眠れぬ夜におすすめ。
難易度が高くなる前に、きっと眠れる。

寝付く前に難易度が高くなってきても、
また、難易度は低くなっていく。

もっとも、全曲聴いてしまうと3時間超。
眠れぬ週末にこそ、ふさわしいのかも。


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手元の資料によると、この曲の初演は、
ライプツィッヒ、1723年の今日、7月2日だそうだ。

バッハ自身、以前から温めていた曲で、
満を持しての初演だったと思う。

カンタータ147番なんて知らない、と言う方も、
きっとこのメロディーはご存じだろう。

このカンタータの第6曲。



バッハの時代、すでによく知られたコラールが、
持続的な美しい3連符の伴奏に支えられる。

一般には、主よ、人の望みの喜びよ、
というタイトルで知られるが、
まったくもって、意味不明。

英語の題名"Jesu, Joy of man's desiring"
の訳だと思うが、これがそもそも何故だ、な訳。

原題は、"Wohl mir, daß ich Jesum habe"
直訳で「私がイエスを持っているなんという喜び」。

「私がイエスを自分のものとできたのは、
なんという喜びでしょう。」といったあたりの意味か。

英語の題名を作ったのは、いったい誰だ。
それをまんま邦訳したのは、いったい誰だ。

これは、少し聖書を知る必要があるかもしれない。

マリアは、神の御子を身ごもった、とされる。
それを告げに来たのが、大天使ガブリエル。

この時の情景は、ダビンチなどの手によって、
『受胎告知』として、数々の名画が残されている。

ガブリエルは、驚くマリアに、さらに、
あなたの親類のエリザベツも高齢だが身ごもっている、
もう、6か月だ、と告げた。

半信半疑のマリアが、エリザベツを訪ねると、
「わが主のお母様にご訪問いただいて、
お腹の子供が喜んでいます。」と告げらる。

エリザベツのお腹には、ヨハネ、
のちの洗礼者ヨハネが宿っていた。

洗礼者ヨハネとは、ヨルダン川で、
イエスに洗礼を授けたヨハネだ。

3月25日に受胎告知を受け、
その後、エリザベツを訪ねた祝日、
その日のための曲、というわけ。

ルター派のプロテスタントだったバッハは、
マリアを特別視はしなかった。

同様に英語訳した人も困ったのだろう。
「聖母」としたくなかった、とこいうところか。

ひとつ考えられるのは、この曲のもとになった、
コラール(讃美歌)の題名は、

"Jesu,meiner Seelen Wonne"で、
訳すと「イエス、わが魂の喜び」となる。

ちょっと、近くなった気もする。
かな。

にしても、「人の望みの喜び」って、なんだ。
この際、原題から邦訳しなおしてはどうだろう。

メロディーが、あまりにポピュラーで、
題名の意味も不明なまま定着してしまった、のか。

そう、題名と言えば、そもそもこのカンタータの題名。
"Herz und Mund und Tat und Leben"
直訳で『心と口と行いと命』となる。

この「命(Leben)」の訳が、また苦しい。

私の持っているLPは、1964年の録音で、
リヒターの指揮するミュンヘンバッハオケだが、
『心と口と行いと生活をもって』と訳してある。

ところが、最近は、"Leben"を
「生きざま」と訳すようだ。

生々しくないか、「生きざま」って。

いや、もうよそう。
今日の記事の目的は、愚痴ではない。

初演の日を記念して、
第1曲『心と口と行いと生きざまもて』を
知ってもらおうというものだった。



華麗にして典雅、
トランペットも木管も上品にまとめ上げた、
アーノンクールの指揮もさすが。

もちろん、あのコラールも素晴らしい。
極東の島国でも知らぬ人は少なかろう。

だが、全曲を通じて
「イエスを身ごもったマリアの喜び」がうたわれる、
この147番のカンタータにあって、
冒頭からファンファーレのように聴衆を魅了する、
この合唱曲の魅力も
なにものにも代えがたいものがある。

287年前の今日、ライプツィッヒ・トーマス教会で、
いつものように教会に通った人が、
バッハの指揮するこの曲を聴けたというのは、
実にうらやましい、シンプルにひたすらうらやましい。

私にとって、それは、
天国に席を約束されたに等しい喜びだ。

いや、もうすこし、こちらでしたいこともあるのだが。



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