<   2004年 10月 ( 30 )   > この月の画像一覧

果物全般なんでも食べるが、リンゴとブドウは好物だ。今年は台風の被害が深刻で関西のスーパーにも傷物のリンゴが並んでいた。リンゴ農家の落胆は想像に余りある。

一人暮らし時代、朝食はリンゴだけで済ませていたことがある。医者を遠ざけるとか、リンゴダイエットとか耳に入ってくるが、単に好きだったから。でも健康だったのも確か。

子供の頃、ディズニーの三匹の子豚の歌を聴いてbig bad wolf♪ を big apple♪と唄っていたそうだ。果物屋の店先でよく祖母がそう言った。高校生の私は閉口した。

おお!そういえばやはりリンゴ好きの祖母は、この年末に100歳になる。いかん。私はそんなに永く生きたくない。もう少し不摂生を重ねなければ。リンゴよりもシードルだな♪

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ブログが楽しくなってマメに書くようになって4週間。読み返してみると、ボヤキが多い。楽しいこと好きなことで埋め尽くすはずだったのに、看板に偽りアリだ。

若い頃は、オトナになったら包容力や忍耐力が身について、清濁併せ呑むような大きな人間になれる、と信じていた。若かったな。

さすがに売られた喧嘩すべてを買い占めるほどではなくなったが、それでもイザ始まったら、相手を完膚なきまでに叩きのめし、逃げ道すら与えない冷酷さはどうにもならない。

今朝も信号待ちのわが愛車の横をこすらんばかりに信号無視で暴走するくわえタバコの自転車に出くわした。こともあろうに我がガレージの入り口前でポイ捨てだ。ったく。

自宅周辺はハイキングコースに近く、何年かごとにハイカーの不始末でボヤをだす。そのせいもあって過敏なのかもしれない。が、不愉快には違いない。

そこで、だ。一気に話は大きくなるが、JTを何とかしたい。とすればどうすればいいだろう?タバコ以外の商品を買って転業を促すのか?不買運動でもして滅亡させるのか?

いい年をしてこんなことに頭を悩ませているのだ。
そろそろ宣言してもいいだろう。2ヶ月で3㌔痩せた。

妙齢の女性ならともかく、カロリーの高い食生活をこよなく愛する中年オヤヂがダイエットの何を語ろうというのかご不審の向きも多いと思う。が、女性のそれが審美的な意味が大きいのに対して中年男性の場合、肥満傾向は不健康そのもの。命がけだ。語らせていただく。

もっとも、ここ数年高めなりに安定していた人間ドックの数字が、ある年齢を境に評価が甘くなると言う経験をした私としては、数字に振り回され、一喜一憂する気はサラサラない。しかし、獲得した単純明快な答えは自信となる。そう、摂取カロリーを減らせばいいのだ。きわめて当たり前でスマン。でも、どうやって?

私は1~2年に1回風邪をひく。ノドがやられ嚥下できないほどに腫れる。今年、夏の終わりにやってしまった。仕事は休めず、スープとジュースだけで5日生きた。体重は見事に落ちた。これだ!名づけて流動食ダイエット!

同様に多少は体重を気にしているらしい友人に報告すると、アメリカではすでにふつ~にあって、しかも歯科矯正器具を応用して物理的に口を開かなくするという荒業だそうだ。近視のレーザー治療といい、さまざまな美容整形といい、人間改造系ではアングロサクソンにはかなわない。

で、私に何が出来るかというと、とにかく食べる量を減らすのだ。ただ、空腹とどう闘うかという問題が残る。そこで再び流動食の登場。昔から言うではないか「茶腹も一時」って。あれ?上方だけかな?まあいい。空腹時のお茶は心強い味方だ。

「立派な脂肪肝ですね~!」脇腹にゼリーを塗りたくられただけでも萎えている私に、超音波スキャナーをグリグリ押し付けながらその医師は実にうれしそうに言った。

フォアグラには目がない私だが、私自身がフォアグラになってしまう気はない。
いざ続けん、流動食、否、茶腹ダイエット!
先週の落雷の後片付けに飲み会をひとつパスしてようやくとりかかった。まず屋根に上って残った針金類を片付け始めたが怖くてすぐやめた。我が家は丘陵地帯にあるのでそもそも玄関まで17段ある。その二階家の屋根となるとちょっと命がけである。針金の後片付けで死にたくはない。

で、消防隊がベランダに下ろしてくれて1週間放置してあったアンテナの処分を始めた。主柱以外はアルミなので軽く折りやすくポキポキ快調に処分し始めた。メインのアンテナの主部にあたる太いパイプを手にして愕然とした。熔けて千切れている。道真公は、ここに落ちたのだ。左遷されて悶死して雷になってウダウダ言うようなヤツに合格祈願なんかしたことないが、落ちてみると怨みの大きさを思う。迷惑なヤツだ。

昔、フォークランド紛争というのがあってアルゼンチンとイギリスが小さな島の領有をめぐって戦争をした。第二次大戦後最大級の軍事衝突、しかも最新兵器の激突とあって世界が注視したなかで、アルゼンチン空軍のフランス製ミサイル(確か、『エグゾセ』とかいった。)が、イギリスの軍艦『シェフィールド』に命中、炎上したのを思い出す。

中学時代、英語研修でひと夏を過ごしたイギリスの町の名前が軍艦についていたので懐かしく覚えていたのだが、軍事評論家いわく最新鋭艦は軽量化のためにアルミを多用するから弱い、とか。四半世紀を経て身をもって体験した。アルミは燃える。

で、アンダーな気分を払拭すべく美食に走る。困ったときの『ラッフィナート』♪自宅で目覚めて30分で目の前にシャンパンとオードブルが運ばれてくる幸福は譲れない。

☆フォアグラのテリーヌ、豊水(梨)添え
☆マグロとホタテとアボカドのタルタル
☆ホタテのオープン焼き
☆秋刀魚のペペロンチーノ
☆鴨ロースの自家製タリアテッレ
☆イトヨリのポアレ、丹波黒豆大豆のクリームソース
☆キウィのソルベとグレープフルーツのジュレ
☆クレームブリュレとキャラメルジェラート、マロングラッセ添え
☆エスプレッソ(ダブル)

グラニテにしてもブラッドオレンジ、グレープフルーツ、そして今回のキウィと来るたびに工夫してくれるのがうれしい。ブラッドオレンジが一番美味なんだけど(笑)

ただ、今回はほぼ満席でランチ全テーブル2回転という混みようで、シェフは恐縮していたけれど気兼で早めに切り上げた。芦屋のオバサマがたもずいぶん遅いランチを召し上がるようになったものだ。
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昨夜もイノシシに出会った。自宅近辺でおおむね3家族把握しているが、昨夜のは、ウリ坊を卒業したばかりの好奇心旺盛な若い個体の単独行。あとでしかられたことだろう。さすがに玄関で出くわすことはないが、昔からのことで自然が豊か♪くらいに思っていた。

ところが近頃ではどうもそうのんきに構えているわけにも行かないようだ。スーパーの袋を狙って攻めに出るヤツが出てきたらしい。う~ん、困った。原因はだいたい想像がつく。

六甲山麓でも何回目かのマンションブームでかなり上のほうまで人間が進出するようになった。そこに住むのはたいがい動物といえば室内犬や室内ネコとしか付き合ったことがない都会人。必要以上に恐れたりこともあろうに餌付けしたり、要は付き合い方が問題なのだ。

確かにウリ坊はかわいい。連れ帰りたい誘惑と戦うこと幾たびか。しかし、彼らは野生動物。カエサルのものはカエサルにと言うではないか。街ですれ違う一通行人をマジマジ眺めたり近寄って触れようとすることが奇異なように、彼らに対しても過剰反応しないことだ。

子供の頃家や学校で教わったのは、あの子達も山から出て来ておびえてるからそっと見守ってやろう、ということだった。見て見ぬふりをしてバードウォッチングのようにそっと見守りたいものだ。

おやおや、がらにもなくマジなネタでした。照れます。で、もう少し自己批判を。

ウリ坊を見て可愛いと思う気持ちと冬の牡丹鍋を待ち遠しいと思う気持ちの葛藤。

ピチピチ跳ねるヒラメを見て美味そうと思いながら、立派なホルシュタインのオッパイをみて濃厚なクリームやバターを想像しにくいのは食習慣の問題だと思われるが、イノシシのつぶらな瞳やセクシーなお尻を見て牡丹鍋に思いを馳せるのは関西人の業なのだろうか?いや、アンタだけだって?ごもっとも。
お茶漬けが好きだ。飲んだ後の〆にしてもラーメンと双璧をなすって、おおげさか。いや、刺身の本わさびでも残っていようものならやはり永谷園はエライ。

私はインスタントも否定しない。が、インスタントに必要以上に贅を求めるのは間違いだと思っている。所詮ちゃんとだしをとった味噌汁にはかなわないのだから、インスタント味噌汁は簡便なドライタイプに限る。たとえば『あさげ』だ。

昼休みに職場で茶漬けをすするくたびれた中年の図を想像した皆様には期待を裏切って申し訳ないが、フレンチやイタリアンをこよなく愛し、秋空のもとオープンカーで通勤するワイン党の私だって急ぎの昼食に永谷園の世話になることがある。

が、だ。
『あさげ』や『松茸の味お吸い物』が個別包装なのに何故最古参の『お茶漬けのリ』が2食つづきなのだ?おまけに袋の材質が変わり、切れ目まで入っている。あわてていて中身が飛び散り、何度舌打ちをしたことか。特に今は昼食前で空腹なのでヅケヅケ言わせてもらうが、新しい袋の材質はプラスチックの気配がしてエコロジカルじゃない。袋は、昔ながらの紙でイイ、紙で。

う・・・。お茶漬けが食べたくなってきた。換気扇回さなきゃ。

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バッハが趣味というのもなんだが芸術の秋なので・・・。

後期バロックという時代から必然的に教会音楽が多いので敬遠されがちだが、バッハは偉大だ。宮廷(世俗)と教会での職をほぼ交互に二十数回繰り返しながらあの膨大な作品を残した。最後の職場、ライプツィッヒのトーマス教会前にはコートのポケットの裏返った銅像があるが、それは貧困であったことの寓意だ。芸術家、特に音楽家がまだまだ職人仕事だった頃の名残で、ロマン派の時代に1曲オペラを作れば1~2年は遊んで暮らせるというわけにはいかなかったようだ。後のライプチィッヒ市民たちがそれを恥じてあの銅像を作ったのだから、まあ、えらい。

バッハが趣味というのはやはりなんだが、実は、かつて私は教会の結婚式でアルバイトをし、バッハとパイプオルガンで留学していた。

まだドイツ民主共和国(東ドイツ)という国があり西ドイツ市民の友人と一緒に調査旅行をするのが極めて面倒で厄介だったことを思い出す。ネットではなんか場違いなところでDDRという文字をよく目にするが、私にとっては懐かしくも忌まわしき東ドイツ(Deutche Demokratische Republik)のイニシャルなのだが、ダンス・ダンス・レボリューションとかいうゲームの略であることを知ったのは最近だ。ウチにもあったのに。

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パイプオルガンを奏でる20年前の私のイメージ・・・。
m(_w_)m
六甲山麓は快晴だ。こんな日はたとえ日曜出勤であろうと屋根を開けて走るに限る。爽やかな風を受け暖かい日差しを浴びながら走ると、これから始まる労働も耐えられる・・・と自分に言い聞かせている。本当はこのままどこまでも走り続けていたいに決まっている。

週末はオープンで走るクルマともよくすれ違う。いいことだ。もっとクルマを楽しまなきゃ。せっかくの好天気なのに屋根を閉じたオープンカーをみると無用の心配をしてしまう。花粉症なのかな?とか。

ただ、増えたとはいえ日曜日の朝にすれ違うオープンカーでネクタイ締めたドライバーには、まだお目にかかったことはない。やっぱちょっと悔しいかも。

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今年は酷暑と台風で紅葉が期待できないらしいので季節外れの画像ですが・・・。
何を隠そう私の住む街には有名ケーキ店が目白押しである。全国誌の特集によく出てくる店もなにげに通えるし、顔なじみのパティシェも居る。普通、中年男性にはあまり関係ないことだが西欧生活の長かった私には重要だ。そう、ご存知の方も多いと思うがあっちのオヤヂは実にうれしそうに菓子を食う。留学して身についたのはワインと美食だけかもしれない。まあ、それはそれでよし。

エライ!と思うのはどれだけ有名になっても味が落ちる店がないこと。生菓子は本店にしか置かない、とかの営業努力っつうかブランド化獲得に頑張っておられる。街でフツーに買ってくる菓子が美味いのだからフレンチやイタリアンのシェフ、パティシェたちの苦労もいかばかりぞや。ただ、どさくさにまぎれて行政まで便乗して「洋菓子の街」で売るのはどうかとおもう。

ほかにも問題がないわけではない。週末などは他府県ナンバーの車が殺到するのだ。数人も入れば客で一杯になる店が交通整理に数人を動員していたりする。郊外の山の手に慣れていないクルマがそこかしこで行き止まりに突っ込んでいたりする。今朝も他府県ナンバーに道を問われた。やれやれ。

あ、生活習慣病の心配もするべきか。が、質素粗食で長生きするのは趣味じゃない。健康維持のためにかろうじて毎年ドックには入っているが、それとてより長く知性を磨き人生を楽しみたいから。いささか不純な動機かもしれない。
DVDプレイヤーはソニーが持って帰ってしまった。幸い前のプレーヤーが生きていたのでDVDは見ることが出来そうだ。ネットは相変わらずPlala、NTT、NECがそれぞれ言いたいことを言ってくれるので遅々として進まずキレそうだ。

問題はTVというかアンテナ。とりあえずベランダに下ろしてあるのを見るといまさらのようにその巨大さと醜悪さに驚かされる。この際ネット環境も含めてケーブルにしようかとも思う。ただ、せっかく「デジタルハイビジョンTV」なのにこの地区のケーブルの地上波デジタルは来年3月からのサービスだという。厄介。

深夜、自室だけはまだ停電状態なので懐中電灯で足元を照らしながら豚児どもの独房を通り過ぎて眠りに就くのだが、修学旅行の見回りってこんなのかな、とか、明晩はキャンドルでホーンテッドマンション気分に浸ろうかなどと不自由を楽しむべく思いめぐらせていると、独房の中からは今は亡き桂枝雀師匠の落語が聞こえてくる。寝るときに落語を聴くという悪癖はやめて欲しい。師匠に失礼じゃないか。

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